スイカ栽培歴60年
原田重治
原田陽子
父のつくるスイカは、 誰かの幸せをつないでいた。
カミソリの刃を入れる角度は、ほんのわずかだ。
指先に乗せた直径二ミリほどのスイカの穂の首に、刃先を当てる。
角度が立ちすぎれば、断面は小さくなる。
それだけで、命はつながりにくくなる。
一瞬だ。
ほんの一瞬のはずなのに、時間が引き伸ばされたように感じる。
自分の心臓の音が、指先まで伝わってくる。
その鼓動に合わせるように、刃を動かさず、
穂のほうを、静かに引き抜く。
手が震えれば、それで終わりだ。
この小さな震えひとつで、
このスイカの運命が決まってしまう。
息を止める。
そして、ためらわずに切り落とす。
スイカは、そのまま育てると、
病気に弱く、畑の土に負けてしまうことがある。
だから、強い根を持つかんぴょうの力を借りる。
ふたつの命をつなぎ、
夏の畑に立ち続けられるようにする。
だが、この作業は、
いつでもできるわけではない。
スイカの穂は、小さすぎてもいけない。
大きすぎても、もう遅い。
かんぴょうの苗にも、
ちょうどいい大きさ、ちょうどいいタイミングがある。
そのふたつが重なる時間は、長くはない。
待ってくれるわけでもない。
この期間を逃せば、
その年のスイカは、はじまらない。
母から聞いた話がある。
私がまだ小さかった頃、
子どもたちが寝静まったあと、
夜中の十二時近くまで、
ビニールハウスの苗床に電気をつけて、
この作業を続けていたらしい。
外は真っ暗で、
光っているのは、ハウスの中だけ。
眠っている家族と、
これから生まれる命のあいだで、
ただ黙々と、手を動かしていた。
どんな気持ちで、
その時間を過ごしていたのだろう。
眠さだったのか。
不安だったのか。
それとも、
まだ見ぬ夏の食卓を思い浮かべていたのか。
ひとつ確かなのは、
誰にも見られないその時間に、
未来のスイカが、静かに仕込まれていたということだ。
こうしたタイミングを見極める作業は、
一度きりで終わるわけではない。
天候も、気温も、
昨日と同じ日はひとつもない。
水を入れるか。
温度を下げるか。
それとも、何もしないか。
正解は、どこにも書いていない。
毎日、毎年、
その場で決め続けるしかない。
これら一つ一つの決断の先にあるのは、
おいしいと笑ってくれる、誰かの時間であり、
家族を養い、
この仕事を続けていく人生だ。
大げさに聞こえるかもしれないが、
そのどれもが、
毎日の判断の上に積み重なっている。
農業と聞くと、
ゆったりとして、のんびりした仕事を
思い浮かべる人もいるかもしれない。
けれど実際は、
空が明るくなる前に起き、
天気を確認し、
一日の段取りを考え、
体に負担のかかる作業に向かう。
夜になっても、
判断は終わらない。
明日の天気を考えながら、
また次の決断の準備をする。
穏やかに見えるその裏側で、
プレッシャーと向き合う日々が、
何年も続いていく。
父は、普段は温厚で、優しく、
どちらかといえば、真面目すぎるほどの人だった。
それでも、仕事のことになると、
ときどき猛烈に怒ることがあった。
小さかった頃の私は、
なぜそこまで向きになるのか、
分からなかった。
ただ、
空気が張りつめて、
近づきにくくなるのを感じていただけだ。
大人になり、
同じように判断を重ね、
同じように迷い、
同じように時間に追われるようになって、
少しずつ分かる気がしてきた。
あれは、怒りではなく、
生活を守ろうとする必死さだったのかもしれない。
命がけで向き合っていた仕事の重さが、
ようやく自分の中に落ちてきた。
いま目の前にある一玉のスイカは、
たった数ミリの角度と、
一瞬の判断、
そして夜のハウスに灯った光から、生まれている。
その奥には、
食べる人の顔を思い浮かべる気持ちと、
家族の暮らしをつないでいこうとする思いがある。
自然の声に耳を澄まし、
うまくいく日も、そうでない日も受け止めながら、
人から人へ、静かに受け継がれてきた時間。
切られるときも、
口に運ばれるときも、
そのことが語られることはない。
けれど確かに、
このスイカには、
決断と、時間と、
そして人を思う覚悟が、積み重なっている。
それを胸に、
今日も静かに、
畑に立つ。